「内定は出すけれど、入社は案件が決まってから」「客先面談に通らなかったら、内定はなかったことに」―SES業界では、こうした採用が今も広く行われています。案件がないまま社員を抱えると待機コストがかさむため、経営としては自然な発想に思えるかもしれません。
しかし、法律の目で見ると、この採用方法には大きな落とし穴があります。内定を出した時点で労働契約が成立していると判断されれば、「案件が決まらなかった」ことを理由に内定を取り消すのは、理由のない解雇と同じ扱いになりかねません。さらに、「客先面談の合否で入社を決める」という仕組みは、偽装請負の判断基準である37号告示にも触れるおそれがあります。
本記事では、SES事業者の労務と契約を支援してきた弁護士・社労士の立場から、案件決定を条件とする採用の法的リスク、内定取消や入社延期が認められる範囲、そしてトラブルを防ぐ採用の設計と内定通知書の書き方を解説します。
| この記事の結論 ・内定通知を出し、ほかに契約の手続きが予定されていなければ、その時点で労働契約が成立していると判断されるのが通常です。 ・内定の取消しが認められるのは、内定当時に知ることができなかった事実を理由とし、取り消すことが合理的で相当な場合に限られます。案件が決まらない可能性は採用時に予想できるため、取消しの理由としては弱いと考えてください。 ・「客先面談の合格」を入社の条件にすると、客先が人選に関与していることになり、37号告示(偽装請負)の問題も生じます。 ・会社都合で入社日を延期すれば、休業手当(平均賃金の60%以上)、場合によっては賃金全額の支払いが問題になります。 ・安全な方法は、①案件が決まる前でも採用し、待機の規程で吸収する、②内定は案件が決まってから出し、それまでは「選考中」と明示する、のいずれかです。 |
1.SES業界でよくある「案件決定を条件とする採用」
一口に「案件決定を条件とする採用」といっても、いくつかの型があります。それぞれ法的なリスクの大きさが異なります。
| よくあるパターン | 具体例 | リスク |
| ①内定後に客先面談の結果で取消し | 内定通知を出した後、客先面談に落ちたため「内定は取り消し」と伝える | 高:内定取消しとして無効になりやすい。37号告示の問題も |
| ②案件が決まるまで入社日を延期 | 入社予定日の直前に「案件が決まるまで入社を待ってほしい」と連絡する | 高:休業手当や賃金の支払いが問題になる |
| ③試用期間中に案件がなく本採用拒否 | 入社後、案件に配属できないまま試用期間が終わり、本採用を見送る | 高:本人の能力の問題ではないため、拒否の理由として弱い |
| ④「案件決まり次第入社」のまま待たせる | 内定か選考中かがあいまいなまま、何か月も連絡を続ける | 中:内定成立と判断されるおそれ。期待を裏切ったとして損害賠償の可能性 |
2.内定の法的性質|内定通知で労働契約は成立する
内定は「始期付・解約権留保付の労働契約」
最高裁は、大日本印刷事件(1979年7月20日)で、採用内定について、入社日(始期)が決まっていて、一定の事由があれば会社が解約できる権利を留保した労働契約が成立している、と判断しました。厚生労働省も、内定通知のほかに労働契約を結ぶための特別な手続きが予定されていない場合には、この形の労働契約が成立したと認められることが多い、と説明しています。
つまり、内定の取消しは、法的には入社前の解雇です。労働契約法16条の「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効」というルールが適用されます。
取消しが認められるのは「内定当時に分からなかった事実」
大日本印刷事件の最高裁判決は、内定を取り消せるのは、内定当時に知ることができず、知ることも期待できないような事実を理由とし、その事実で取り消すことが解約権を留保した趣旨・目的に照らして客観的に合理的で、社会通念上相当と認められる場合に限られる、としています。
| 取消しが認められやすい事由 | 取消しが認められにくい事由 |
| 卒業できなかった、必要な資格を取得できなかった | 案件が決まらなかった、客先面談に落ちた |
| 重大な経歴の詐称が判明した | 内定後に「思っていた人材と違う」と感じた |
| 健康状態が大きく悪化し、働くことが困難になった | 他により良い候補者が見つかった |
| 正当な理由なく必要な書類を提出しない | 会社の業績見通しが少し悪くなった |
ここでSES会社が押さえておくべきなのは、「案件が決まらないかもしれない」ことは、採用の時点で十分に予想できるという点です。予想できた事情は「内定当時に知ることができなかった事実」には当たりにくく、取消しの理由としては弱いと考えるべきです。業績の悪化を理由とする取消しも、整理解雇と同じように、人員削減の必要性、取消しを避ける努力、対象者選定の合理性、説明などの手続きが厳しく問われます。
3.「案件決定を条件とする」と書けば有効になるのか
「それなら、内定通知書に『案件が決まった時点で雇用契約が効力を生じる』と書いておけばよいのでは」と考える経営者もいます。理屈の上では、条件が成就したときに効力が生じる契約(停止条件付きの契約)を結ぶことは可能です。しかし、SES会社がこの方法を使うには、次の3つの壁があります。
| 壁 | 内容 |
| ①条件の成就は会社次第と見られやすい | 案件が決まるかどうかは、会社の営業活動や提案の仕方に大きく左右されます。会社が営業をやめたり、本人を提案しなかったりして条件の成就を妨げたと評価されれば、民法130条により、条件が成就したものとみなされるおそれがあります |
| ②あいまいな書き方は「普通の内定」と解釈される | 「案件が決まり次第入社」程度の記載では、条件付きの契約ではなく、通常の内定(解約権留保付きの労働契約)と解釈されやすくなります。その場合は第2章の厳しい基準で判断されます |
| ③客先面談の合格を条件にすると37号告示に触れる | 客先が面談で人を選び、その結果で入社が決まる仕組みは、受託者が自ら行うべき「労働者の配置の決定」に客先が関与していることになり、偽装請負と判断される要素になります |
| 注意:「客先面談で内定取消」は二重の落とし穴です 客先面談の結果で内定を取り消す運用は、労働法の面では「理由の弱い内定取消し」、SES契約の面では「客先による人選への関与(偽装請負の要素)」という、二つの問題を同時に抱えています。労働局の調査では、採用時にどのような説明をしたか、客先との面談が行われているかも確認されることがあります。採用の仕組みを変えるときは、客先との事前面談の運用もあわせて見直してください。 |
4.入社日を延期する・自宅待機させる場合
内定を取り消すのではなく、「案件が決まるまで入社日を延ばす」「入社はしたが、自宅で待機してもらう」という対応もよく見られます。
しかし、労働契約が成立している以上、会社の都合で働けない期間は、賃金の問題が生じます。
| ケース | 支払いの考え方 |
| 会社の都合で入社日を延期した | 内定で労働契約が成立し、入社日が来ているのに会社の都合で働かせない場合は、会社の責めに帰すべき休業として、平均賃金の60%以上の休業手当の支払いが必要と考えられます |
| 休業の原因が会社にあると評価される場合 | 休業手当(60%)にとどまらず、民法536条2項により賃金の全額を請求される可能性があります |
| 本人の同意を得て入社日を変更した | 本人が自由な意思で同意していれば、入社日の変更自体は可能です。ただし、同意を事実上強いた場合は、同意の有効性を争われます |
| 新卒者の入社時期を繰り下げる | 新規学卒者について内定の取消し・撤回や、内定期間の延長(入社時期の繰下げ)をする場合は、あらかじめハローワーク等への通知が必要です(職業安定法施行規則35条) |
新卒者の内定取消しは、さらに注意が必要です。2年度以上連続で取り消した場合、同じ年度に10名以上を取り消した場合、事業活動の縮小を余儀なくされているとは明らかに認められない場合、対象者への説明や就職先確保の支援が不十分だった場合などには、厚生労働大臣が企業名を公表できる仕組みになっています。採用ブランドへの影響は、SES会社にとって致命的になりかねません。
5.試用期間中の「案件がないから本採用拒否」も危険
「内定取消しが難しいなら、いったん入社させて、試用期間中に案件が決まらなければ本採用を見送ればよい」という考え方もありますが、これも危険です。
最高裁は三菱樹脂事件(1973年12月12日)で、試用期間中の本採用拒否は、通常の解雇より広い範囲で認められるものの、やはり客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合に限られる、としています。試用期間は、本人の能力や適性を見極めるための期間です。案件が決まらないのは本人の能力の問題ではなく会社の営業の問題であり、本採用拒否の理由としては認められにくいと考えてください。
入社後に案件が決まらない期間の扱いは、本採用拒否ではなく、就業規則の待機の規定(研修や社内業務を命じる、休業手当を支払うなど)で対応するのが筋です。
6.「内々定」なら安心、ではない
「正式な内定ではなく内々定だから、取り消しても問題ない」と考えるのも早計です。内々定の段階では労働契約の成立が否定されることが多いものの、入社を強く期待させる言動をした後に取り消した事案で、期待を不当に侵害したとして会社に損害賠償を命じた裁判例があります(コーセーアールイー事件・福岡高裁2011年3月10日)。
また、名目が「内々定」でも、入社日や給与を具体的に示し、他社の選考を辞退させるなどしていれば、実質的には内定(労働契約の成立)と判断されることもあります。呼び方ではなく、会社がどのような説明をし、相手にどのような期待を持たせたかで判断されます。
7.トラブルを防ぐ採用の設計
4つの選択肢
案件が決まる前の採用で待機コストを抑えたい、という経営上の要請と、法的リスクとのバランスを取るには、次のいずれかの設計を選ぶことをおすすめします。
| 設計 | 内容 | メリット | 注意点 |
| A:案件未定でも採用する | 入社日を確定させ、案件がない期間は研修・社内業務・待機で吸収する | 法的に最も安定。採用競争力も高い | 待機コストを織り込んだ採用計画と、就業規則の待機規定が必要 |
| B:内定は案件決定後に出す | 案件が決まるまでは「選考中」であることを書面で明示し、決まった時点で内定通知を出す | 内定取消しの問題が生じにくい | 入社日や給与を確約するような言動は避ける。客先面談での合否判定は37号告示の問題が残る |
| C:有期雇用で採用する | プロジェクトの期間を目安に有期で雇用する | 案件に合わせた雇用期間を設定できる | 更新の上限の明示、雇止めのルール、通算5年での無期転換に注意。期間中の解雇はより厳しく制限される |
| D:業務委託で契約する | 個人事業主として案件ごとに業務委託契約を結ぶ | 雇用の義務が生じない | 実態が雇用なら労働者と判断される。フリーランス法の義務や偽装請負の問題も。安易な選択は避ける |
内定通知書・労働条件通知書に書くべきこと
Aの設計を選ぶ場合、内定通知書と労働条件通知書には、次の内容を明記しておくと、入社後のトラブルを防げます。
| 記載例:内定通知書・労働条件通知書のポイント ・入社日:〇年〇月〇日(確定日として記載する) ・就業場所:雇入れ直後は本社。変更の範囲は、本社及び会社が業務を受託した顧客の国内の事業所、在宅勤務の場合は自宅等 ・業務:雇入れ直後は社内研修及びシステム開発業務。変更の範囲は会社の業務全般(職種を限定するかは経営判断として決める) ・配属先が決まるまでの扱い:研修、社内業務その他会社が指示する業務に従事する。この期間も所定の賃金を支払う(休業させる場合の扱いは就業規則による) ・内定取消事由:卒業・資格取得ができなかった場合、提出書類や申告内容に重大な虚偽があった場合、健康状態の悪化により就労が困難になった場合など、本人側の事情を具体的に列挙する |
一方、Bの設計を選ぶ場合は、案件が決まるまでの段階で送る書面に「現在は選考中であり、採用(内定)は配属先の決定後に改めて通知します」と明記します。入社日や給与を確約する表現や、他社の選考の辞退を求める言動は避けてください。
いずれの設計でも、求人票と面接での説明を、実際の採用の仕組みと一致させることが大切です。職業安定法は、求人の際に業務内容・就業場所・賃金などの労働条件を明示し、虚偽の表示や誤解を招く表示をしないことを求めています。2024年4月からは、求人の段階でも就業場所と業務の「変更の範囲」の明示が必要です。
8.採用プロセスのチェックリスト
採用の仕組み
☐ 案件が決まる前に採用するか(A)、案件決定後に内定を出すか(B)を、会社として決めている
☐ 客先面談の結果で入社や内定を決める運用をしていない
☐ 求人票・面接での説明と、実際の採用の仕組みが一致している
書面
☐ 内定通知書に入社日、配属先が決まるまでの扱い、本人側の事情による内定取消事由を明記している
☐ 労働条件通知書で、就業場所・業務の「変更の範囲」を明示している
☐ 選考中の段階では、選考中であることを書面で明示し、入社日や給与を確約していない
入社後
☐ 就業規則に、案件がない期間の待機・研修・賃金の扱いを定めている
☐ 試用期間の評価を、本人の能力・適性の観点で記録している
☐ 新卒者の内定取消しや入社時期の繰下げをする場合、ハローワーク等への事前通知の手順を確認している
| 中野弁護士の視点(元IT企業経営者として) IT企業を経営していた頃、エンジニアの採用は「案件ありき」でした。案件が取れる見込みのないまま人を採るのは怖く、内定を出しても入社日を先延ばしにしたことがあります。今振り返ると、そのとき内定者に与えた不安は、会社への信頼を大きく損なっていたと思います。 エンジニアの採用難が続く今、「案件が決まらなければ取り消すかもしれない会社」は、候補者から真っ先に選ばれなくなります。逆に、「入社日は確約し、案件が決まるまでは研修でしっかり育てる」と言える会社は、採用の場面で大きな強みを持てます。待機コストは、採用力への投資として事業計画に組み込む。それが、法的リスクを避けながら人材を確保する一番の近道です。 |
まとめ
- 内定通知を出すと、通常は始期付・解約権留保付の労働契約が成立し、内定取消しは解雇と同じ基準で判断されます。
- 内定を取り消せるのは、内定当時に知ることができなかった事実を理由とする場合に限られます。案件が決まらないことは予想できるため、取消しの理由としては弱いと考えるべきです。
- 「客先面談の合格」を条件にする運用は、内定取消しの問題に加え、37号告示(偽装請負)の問題も抱えています。
- 会社都合の入社延期には休業手当(場合によっては賃金全額)の支払いが問題になり、新卒者の場合はハローワーク等への通知や企業名公表のリスクもあります。
- トラブルを防ぐには、案件未定でも採用して待機規程で吸収するか、内定は案件決定後に出してそれまでは選考中と明示するか、を会社として決めておくことが大切です。
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当協会の代表理事・中野秀俊は、弁護士・社会保険労務士として、グローウィル国際法律事務所とグローウィル社会保険労務士事務所の代表を務めています。内定取消しをめぐるトラブルへの対応から、内定通知書・労働条件通知書・就業規則の整備、客先面談の運用の見直しまで、SES会社の採用をワンストップでサポートします。