SES基本契約書で必ず確認すべき10条項|大手SIer・エンドユーザーのひな形で修正を求めるべきポイントと交渉のコツ

執筆:弁護士・社会保険労務士 中野秀俊(一般社団法人SES事業適正化協会 代表理事)

「大手のひな形だから、どうせ修正には応じてもらえない」「取引を始めたいので、とりあえず押印した」――SES会社の経営者から、こうした話をよく聞きます。新規の取引先、特に大手SIerやエンドユーザーとの取引では、相手が用意した基本契約書のひな形に、そのまま押印するのが当たり前になっていないでしょうか。

しかし、そのひな形は、発注する側が自社を守るために作ったものです。読み込んでみると、損害賠償の上限がない、発注者だけがいつでも解除できる、準委任なのに成果物の完成責任を負う、協力会社への再委託が禁止されている――といった、SES会社にとって致命的になり得る条項が入っていることが珍しくありません。基本契約書は、一度押印すると、その取引先とのすべての個別契約に何年も適用され続けます。

本記事では、SES事業者の契約を多数見てきた弁護士・社労士の立場から、大手SIer・エンドユーザーの基本契約書で必ず確認すべき10の条項と、修正を求めるときの優先順位、交渉のコツを、修正案の文例とあわせて解説します。

この記事の結論 ・基本契約書のひな形は修正できます。
大手の法務部門ほど、合理的な理由のある修正には応じるのが一般的です。
・最優先で確認すべきは、①損害賠償の上限、②発注者の直接指示を前提とした条項(偽装請負のリスク)、③支払条件の3つです。

・準委任のSES契約に、成果物の完成責任や契約不適合責任を負わせる条項が入っていないかを確認してください。入っていれば実質は請負です。
・2026年1月施行の取適法により、支払期日・振込手数料・単価の協議について、受託側が修正を求める根拠が強まりました。 ・すべてを直そうとせず、優先順位をつけて、理由を添えて、修正案をこちらから示すことが、取引関係を壊さずに条項を直すコツです。

1.なぜSES会社は基本契約書を読まずに押印してしまうのか

SES会社が不利な基本契約書に押印してしまう背景には、次のような事情があります。

よくある考え実際のところ
大手のひな形は修正できない大手ほど法務部門があり、理由のある修正には応じることが多い。
修正を求めないと、相手は「この条件で問題ない」と受け取る
修正を求めると取引がなくなる修正の求め方次第。全条項に赤字を入れるのではなく、重要な数か所に絞り、理由を添えれば関係は壊れにくい
トラブルになったら個別契約で話し合えばよい基本契約書の条項は個別契約に優先して適用されることが多い。トラブルの場面では、基本契約書の文言がそのまま判断の基準になる
準委任だから責任は軽い契約書に請負的な条項があれば、準委任でも成果物の責任を問われる。契約の名前ではなく中身で判断される

基本契約書は、その取引先との取引のすべての前提になる「土台」です。個別契約で単価や期間をいくら交渉しても、土台に致命的な条項があれば、トラブルが起きた瞬間にすべてがひっくり返ります。

2.必ず確認すべき10の条項

大手SIer・エンドユーザーのひな形で、SES会社が特に注意すべき10の条項です。それぞれ、よくある不利な条項、SES会社のリスク、修正の方向性を整理します。

① 契約の性質と成果物(準委任なのに請負的な条項)

観点内容
よくある不利な条項「乙は本業務を完成させ、成果物を納入する」「甲の検収に合格しなければ委託料を支払わない」「納入後1年間、成果物の不具合を無償で修補する」
SES会社のリスク準委任(業務の遂行が目的)のはずが、実質的に請負(仕事の完成が目的)として扱われ、完成しなければ報酬を受け取れない、契約不適合責任を負う、といった事態になる
修正の方向性個別契約ごとに、準委任(履行割合型)か請負かを明記する。準委任の個別契約では、成果物の完成義務・検収・契約不適合責任の条項を適用しない旨を定める

② 作業者への指示・管理(偽装請負のリスク)

観点内容
よくある不利な条項「乙の作業者は、甲の指示に従って作業を行う」「甲は乙の作業者の勤怠を管理する」「甲は作業者の交代を求めることができ、乙はこれに従う」
SES会社のリスク発注者が作業者に直接指揮命令する前提の条項は、37号告示に照らして偽装請負と判断される典型的な根拠になる。発注者側も、労働契約申込みみなし制度のリスクを負う
修正の方向性業務の指示は乙の作業責任者を通じて行う、作業者の勤怠・配置・評価は乙が行う、交代の要請は会社間の協議で決める、と修正する

③ 損害賠償の範囲・上限と補償

観点内容
よくある不利な条項損害賠償の上限がない/逸失利益・間接損害・弁護士費用まで乙が負担する/「法令違反により甲に生じた一切の損害を乙が補償する」
SES会社のリスク常駐エンジニアのミスによる障害や情報漏えいで、委託料の何十倍もの賠償を求められ、会社の存続に関わる
修正の方向性賠償額の上限を「損害発生の原因となった個別契約の委託料の総額」などとし、間接損害・逸失利益を除外する。ただし故意・重大な過失の場合は上限の対象外とするのが一般的。補償の範囲は乙の責めに帰すべき事由によるものに限定する

④ 解除と予告期間

観点内容
よくある不利な条項「甲は、30日前までに通知することにより、いつでも本契約・個別契約を解除できる」(乙には同じ権利がない)/解除事由が「甲が乙の業務遂行を不適当と認めたとき」など広すぎる
SES会社のリスク突然の契約打ち切りでエンジニアが待機になり、休業手当などのコストを自社だけが負う
修正の方向性解除の権利を双方に対等にし、予告期間は30日以上(できれば1〜2か月)とする。予告期間に満たない解除の場合は、その期間分の委託料を支払う旨を定める

⑤ 精算幅と支払条件

観点内容
よくある不利な条項月末締め翌々月末払い/振込手数料は乙の負担/精算幅の下限を割った場合は控除するが、上限を超えても追加の支払いはない
SES会社のリスク資金繰りの圧迫。取適法の適用がある取引では、支払期日(受領から60日以内)違反や、振込手数料の差引きが減額として問題になる
修正の方向性支払期日を受領日から60日以内とする。振込手数料は甲の負担とする。精算幅の上限・下限を対称にし、超過分も支払う

⑥ 再委託

観点内容
よくある不利な条項「乙は本業務の全部又は一部を第三者に再委託してはならない」/再委託先の行為について乙が一切の責任を負う
SES会社のリスク協力会社やフリーランスのエンジニアを使うSES会社では、再委託の禁止は契約違反に直結し、解除事由になる。民法上も、準委任では委任者の許諾がなければ再委託できないのが原則
修正の方向性事前の書面承諾により再委託できるとし、承諾の手続き(通知事項・期限)を明確にする。協力会社のリストを事前に承諾してもらう方法もある

⑦ 引き抜き・直接取引の禁止

観点内容
よくある不利な条項「乙は甲の従業員を勧誘してはならない」(甲には同じ義務がない)/「乙は、契約終了後3年間、甲の顧客と直接取引してはならない」/違反時の違約金が年収の数倍
SES会社のリスク発注者による自社エンジニアの引き抜きを止められない一方、自社だけが重い義務と違約金を負う
修正の方向性引き抜き禁止を双方に対等な義務とする。期間は契約終了後6か月〜1年程度、違約金は合理的な金額に抑える。発注者が自社のエンジニアを直接雇用する場合の協議・対価の定めを置く

⑧ 知的財産権の帰属

観点内容
よくある不利な条項「本業務に関して乙が作成した一切の成果物の著作権(著作権法27条・28条の権利を含む)は甲に帰属し、乙は著作者人格権を行使しない」
SES会社のリスク自社が以前から持っていたノウハウや汎用的なプログラムまで発注者のものになり、他の案件で使えなくなる
修正の方向性発注者に移るのは「本業務のために新たに作成した成果物」に限り、乙が従前から保有するもの・汎用的なものは乙に留保し、発注者に利用を許諾する形にする。なお、27条・28条の権利は特に明記しないと譲渡の対象と推定されない(著作権法61条2項)

⑨ 秘密保持

観点内容
よくある不利な条項秘密情報の範囲が「甲から開示された一切の情報」/秘密保持義務が無期限/例外規定がない
SES会社のリスク何が秘密か分からず、管理できない。公益通報や行政機関への申告まで妨げる条項は、改正公益通報者保護法(2026年12月施行)の下で問題になる
修正の方向性秘密情報を「秘密である旨を明示して開示された情報」などに絞り、公知の情報・独自に開発した情報などを除外する。期間は契約終了後3〜5年程度とする。法令に基づく開示・申告の例外を入れる

⑩ 単価改定の協議

観点内容
よくある不利な条項単価の改定に関する定めがない/「委託料は甲乙協議のうえ個別契約で定める」とだけ書かれている
SES会社のリスクエンジニアの賃上げ分を単価に反映する交渉の足がかりがない
修正の方向性「経済情勢や労務費の変動により委託料が不相当となったときは、いずれの当事者も協議を申し入れることができ、相手方は誠実に協議に応じる」という協議条項を入れる。取適法と労務費転嫁指針の考え方にも沿う

3.修正案の文例

特に重要な条項について、修正案の文例を紹介します。実際の取引に合わせて調整してください(甲=発注者、乙=SES会社)。

文例①:損害賠償の範囲と上限
1 甲及び乙は、本契約又は個別契約に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対し、現実に生じた通常かつ直接の損害の賠償を請求することができる。
2 前項の損害賠償の額は、損害の原因となった個別契約に定める委託料の総額を上限とする。ただし、相手方に故意又は重大な過失がある場合はこの限りでない。
文例②:作業者への指示(偽装請負の防止)
1 乙は、本業務の遂行に関する作業者への指示、作業者の労働時間等の管理、配置の決定及び評価を自ら行う。
2 甲は、本業務に関する要望、仕様の変更その他の連絡を、乙が選任した作業責任者に対して行い、作業者に直接指示を行わない。
文例③:解除の予告期間 甲及び乙は、相手方に対し60日前までに書面で通知することにより、個別契約を解除することができる。甲が当該期間に満たない予告期間で解除した場合、甲は、不足する期間に相当する委託料を乙に支払う。
文例④:引き抜きの禁止(双方向化) 甲及び乙は、本契約の有効期間中及び終了後1年間、相手方の書面による事前の承諾なく、本業務に従事した相手方の役員又は従業員に対して、雇用その他の勧誘を行ってはならない。

4.修正交渉の優先順位とコツ

すべてを直そうとしない

ひな形のすべての条項に修正を求めると、相手の法務部門の負担が大きくなり、交渉が長引くか、取引自体を見送られかねません。次のように優先順位をつけ、重要なものから交渉します。

優先度条項理由
最優先(必ず求める)③損害賠償の上限/②作業者への指示/⑤支払条件会社の存続、偽装請負、資金繰りに直結する。②⑤は発注者側にも法令上のリスクがあるため、修正に応じてもらいやすい
優先(できる限り求める)①請負的な条項の適用除外/④解除の予告期間/⑥再委託の承諾事業の継続とエンジニアの待機リスクに関わる
可能であれば⑦引き抜き禁止の双方向化/⑧知的財産/⑨秘密保持/⑩単価改定の協議取引の継続を通じて、更新時に改めて交渉することもできる

交渉のコツ

  • 理由を添える:「御社にとっても偽装請負のリスクを避けるため」「取適法の支払期日に合わせるため」など、相手にとってのメリットや法令上の根拠を示すと、法務部門が社内で修正を通しやすくなります。
  • 修正案をこちらから示す:「この条項は困ります」ではなく、具体的な修正文案を示します。相手の検討の手間が減り、受け入れられやすくなります。
  • 基本契約で無理なら個別契約・覚書で手当てする:基本契約の修正が難しい場合でも、個別契約や覚書で「本個別契約は準委任とし、成果物の完成義務を負わない」などと定められることがあります。
  • 押印前に交渉する:取引が始まった後では、修正を求める交渉力は大きく下がります。新規取引の開始時が最大のチャンスです。
  • 交渉の記録を残す:修正を求めた内容と相手の回答を書面やメールで残します。取適法の対象となる取引では、協議を求めた記録が後に意味を持つことがあります。
注意:自社が「発注者」になる契約も見直してください 多重下請けの中間にいるSES会社は、協力会社やフリーランスとの契約では「発注者」の立場になります。上位から受け入れた不利な条項を、そのまま協力会社との契約に流していないでしょうか。取適法やフリーランス法の対象となる取引では、自社が規制を受ける側になります。上位との契約を見直すときは、下位との契約もあわせて点検してください。

5.取適法の施行で、受託側が修正を求めやすくなった

2026年1月1日に施行された取適法(中小受託取引適正化法・改正下請法)は、資本金基準に加えて従業員数の基準を設け、適用範囲を広げました。自社が「中小受託事業者」に当たる取引では、基本契約書の次の条項について、法令を根拠に修正を求めることができます。

条項取適法の考え方
支払期日給付を受領した日から60日以内のできる限り短い期間内に定めなければならない。「月末締め翌々月末払い」は60日を超えるおそれがある
振込手数料受託側に負担させて代金から差し引く扱いは、減額として問題になり得る
単価の決定受託側から協議を求められたのに応じず、一方的に代金を決めることは禁止される
手形などによる支払い手形払いは禁止され、支払期日までに満額の現金を得にくい電子記録債権・ファクタリングも認められない

取適法の対象となるかどうかは、取引の内容と双方の資本金・従業員数で判定します。詳しくは関連記事「取適法(改正下請法)がSES事業を直撃」をご覧ください。

6.押印前のチェックリスト

☐ 個別契約ごとに、準委任か請負かが明記されている

☐ 準委任の個別契約に、成果物の完成義務・検収・契約不適合責任が適用されない

☐ 作業者への指示は自社の作業責任者を通じて行う定めになっている

☐ 損害賠償に上限があり、間接損害・逸失利益が除外されている

☐ 解除の権利が双方に対等で、予告期間が30日以上ある

☐ 支払期日が受領日から60日以内で、振込手数料が受託側の負担になっていない

☐ 再委託が事前の承諾で認められている

☐ 引き抜き禁止が双方向で、期間と違約金が合理的な範囲にある

☐ 自社が従前から持つノウハウや汎用プログラムの権利が留保されている

☐ 秘密保持の範囲と期間が明確で、法令に基づく申告の例外がある

☐ 単価改定の協議条項がある

7.よくある質問

Q. 大手SIerの基本契約書のひな形は修正できますか?

A. 修正できます。大手の法務部門ほど、合理的な理由のある修正には応じるのが一般的です。全条項に修正を求めるのではなく、損害賠償の上限・作業者への指示・支払条件など重要な条項に絞り、理由と修正案を添えて交渉すると受け入れられやすくなります。

Q. SES契約の損害賠償の上限は、どの程度にするのが一般的ですか?

A. 実務では、損害の原因となった個別契約の委託料の総額や、直近数か月分の委託料を上限とする例が多く見られます。あわせて、間接損害や逸失利益を除外し、故意・重大な過失の場合は上限の対象外とするのが一般的です。

Q. 準委任のSES契約でも、契約不適合責任を負いますか?

A. 準委任は業務の遂行を目的とする契約で、原則として成果物の契約不適合責任は負いません。ただし、基本契約書に成果物の完成や検収、無償修補を定める条項があれば、その条項にもとづいて責任を問われることがあります。個別契約ごとに契約の性質を明記してください。

Q. 発注者が作業者に直接指示する条項があると、何が問題ですか?

A. 発注者が作業者に直接指揮命令する前提の条項は、偽装請負(実態は労働者派遣)と判断される根拠になります。SES会社だけでなく、発注者側も労働契約申込みみなし制度のリスクを負うため、修正に応じてもらいやすい条項です。

Q. 引き抜き禁止条項は有効ですか?

A. 期間・範囲・違約金が合理的な範囲であれば有効とされる余地があります。一方で、SES会社だけが一方的に重い義務を負う条項や、過大な違約金は、無効や減額の対象になるおそれがあります。双方に対等な義務とし、期間は契約終了後6か月〜1年程度にするのが現実的です。

Q. 基本契約書で再委託が禁止されているのに、協力会社のエンジニアを入れていたらどうなりますか?

A. 契約違反となり、契約の解除や損害賠償の理由になり得ます。準委任では、委任者の許諾がなければ原則として再委託できません。協力会社を使う場合は、事前の書面承諾を得る手続きを契約書に定め、実際に承諾を得てください。

Q. 振込手数料を受託側の負担とする条項は修正を求められますか?

A. 取適法の対象となる取引では、振込手数料を受託側に負担させて代金から差し引く扱いは減額として問題になり得ます。取適法を根拠に、発注者の負担とするよう修正を求めることができます。

中野弁護士の視点(元IT企業経営者として) IT企業を経営していた頃、大手企業との初めての取引が決まったとき、渡された基本契約書を細かく読まずに押印しました。「大手と取引できるだけでありがたい」という気持ちが先に立っていたからです。その後、プロジェクトで障害が起き、損害賠償の上限がない条項を前に、眠れない夜を過ごしました。 弁護士として多くの契約交渉に関わる今、はっきり言えるのは、大手の法務部門は「修正を求めてくる取引先」を嫌うのではなく、「理由なく全部に赤字を入れてくる取引先」を嫌うということです。偽装請負の防止や取適法への対応のように、相手にとっても意味のある修正は、むしろ歓迎されることさえあります。押印前の数時間の確認が、何年にもわたる取引の安全を決めます。

まとめ

  • 基本契約書のひな形は修正できます。押印前の新規取引の開始時が、最も交渉力の高いタイミングです。
  • 確認すべき10条項は、契約の性質と成果物、作業者への指示、損害賠償、解除、支払条件、再委託、引き抜き禁止、知的財産、秘密保持、単価改定の協議です。
  • 最優先は、損害賠償の上限、作業者への直接指示を前提とした条項(偽装請負)、支払条件の3つです。
  • 取適法の施行により、支払期日・振込手数料・単価の協議について、受託側が修正を求める根拠が強まりました。
  • 交渉では、優先順位をつけ、理由を添え、修正案をこちらから示すことが、取引関係を壊さずに条項を直すコツです。

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当協会の代表理事・中野秀俊は、弁護士・社会保険労務士として、グローウィル国際法律事務所とグローウィル社会保険労務士事務所の代表を務めています。50社を超えるSES事業者の契約と運用の適正化を支援してきた経験をもとに、基本契約書のレビューと修正案の作成、取引先との交渉の進め方までサポートします。