【2026年12月施行】改正公益通報者保護法でSES会社は何が変わる?エンジニアに労働局へ通報されたときの正しい対応と、やってはいけない5つのこと

執筆:弁護士・社会保険労務士 中野秀俊(一般社団法人SES事業適正化協会 代表理事)

「労働局から調査の連絡が来た。どうやら社員の誰かが、偽装請負のことを通報したらしい」――SES事業者から、こうした相談を受けることは珍しくありません。労働局の調査の多くは、在籍中や退職したエンジニアからの通報(申告)がきっかけです。

このとき、経営者の頭に真っ先に浮かぶのは「誰が通報したのか」かもしれません。しかし、2026年12月1日からは、その発想が会社にとって大きなリスクになります。改正公益通報者保護法の施行により、通報を理由に社員を解雇・懲戒した場合、会社に最大3,000万円の罰金、担当者個人に拘禁刑または罰金という刑事罰が科されるようになるからです。通報者を探す行為も禁止され、フリーランスのエンジニアも保護の対象に加わります。

本記事では、毎年10件以上の労働局調査に立ち会ってきた弁護士・社労士の立場から、改正の内容と、エンジニアに通報されたときにSES会社が取るべき対応、やってはいけない対応、そして「通報される前に社内で解決できる会社」の作り方を解説します。

この記事の結論
・改正公益通報者保護法は2026年12月1日に施行されます。会社の規模を問わず、すべてのSES会社に関係します。
・公益通報を理由に解雇・懲戒すると、行為者個人に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人に3,000万円以下の罰金が科されます。戒告のような軽い懲戒も対象です。
・通報から1年以内の解雇・懲戒は、通報を理由とするものと推定されます。会社が「別の理由だ」と証明できなければ無効です。
・通報者探しや、「通報しない」と約束させる通報妨害は禁止されます。そうした約束は無効です。協力会社のフリーランスも、通報を理由とする契約解除から守られます。 ・エンジニアに労働局へ通報されたら、犯人探しではなく、違反の調査と是正に全力を注ぐことが、会社を守る唯一の道です。

1.改正公益通報者保護法の全体像

公益通報者保護法は、会社の法令違反を通報した労働者などを、解雇や不利益な扱いから守るための法律です。2025年6月に改正法が公布され、2026年12月1日に施行されます。主な改正点と、SES会社への影響は次のとおりです。

改正点内容SES会社への影響
刑事罰の新設公益通報を理由とする解雇・懲戒に、行為者個人と法人の両方への刑事罰を設けた「通報した社員を辞めさせる」ことが犯罪になる
推定規定の新設通報から1年以内(または会社が通報を知ってから1年以内)の解雇・懲戒は、通報を理由とするものと推定する通報後の解雇・懲戒は、会社が別の正当な理由を証明しなければ無効になる
通報者探しの禁止正当な理由なく、通報者を特定しようとする行為を禁止「誰が通報したのか」の聞き取りや調査が違法になり得る
通報妨害の禁止正当な理由なく、通報しない旨の合意を求めるなどして通報を妨げる行為を禁止。違反する合意は無効誓約書や契約書の「行政機関に申告しない」条項は無効
フリーランスの保護業務委託先のフリーランス(通報前1年以内に委託関係にあった者を含む)を通報者に追加。通報を理由とする契約解除などを禁止協力会社・個人事業主のエンジニアからの通報も保護される
体制整備の強化従業員300人超の事業者の体制整備義務について、立入検査・命令などの行政権限を強化300人以下は努力義務のままだが、刑事罰と不利益取扱いの禁止は規模を問わず適用

刑事罰の内容

対象罰則ポイント
解雇・懲戒をした個人6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金解雇・懲戒を実質的に決めた経営者や上司など、関与した人が対象
法人(会社)3,000万円以下の罰金中小のSES会社にとっては存続に関わる金額
対象となる処分解雇と懲戒(戒告などの軽い懲戒も含む)配置転換や減給(懲戒としてではないもの)は刑事罰の対象外だが、不利益取扱いとして無効・損害賠償の対象

なお、「1年以内の推定」は、解雇・懲戒が無効かどうかを判断する民事の場面で働くもので、刑事罰を科すかどうかの判断には及ばないとされています。それでも、通報後に解雇・懲戒をすれば、民事では無効、刑事でも捜査の対象になり得る、という二重のリスクを抱えることになります。

2.エンジニアの労働局への通報は「公益通報」に当たるのか

公益通報とは、労働者などが、勤務先などの一定の法令違反を、不正の目的なく、社内の窓口・行政機関・報道機関などに通報することをいいます。SESで典型的な「エンジニアが労働局に偽装請負を通報する」ケースは、次の条件を満たせば公益通報として保護されます。

条件内容SESでの当てはめ
①通報する人労働者、退職後1年以内の元労働者、役員。改正後はフリーランス(通報前1年以内に業務委託関係にあった者を含む)も対象在籍中のエンジニア、退職したエンジニア、協力会社のフリーランスエンジニア
②通報の対象対象となる法律に違反し、最終的に刑罰や過料につながる事実偽装請負(労働者派遣法・職業安定法)、未払残業や長時間労働(労働基準法)など
③通報先と要件行政機関への通報は、違反があると信じる相当の理由があるか、違反があると思い、氏名や違反の内容などを書いた書面を提出した場合に保護される労働局・労働基準監督署への申告。社内に先に相談していなくても保護される
④目的不正の目的(不正な利益を得る、他人を害するなど)でないこと会社への恨みがあっても、それだけで直ちに不正の目的とはされない

ポイントは、社内に相談せずにいきなり労働局へ通報しても保護されることです。「まず会社に言うべきだった」という理由で、通報者を責めることはできません。

3.SESで起きやすい通報の場面

通報者よくある通報内容会社が注意すること
在籍中のエンジニア客先からの直接指示(偽装請負)、残業代の未払い、長時間労働調査後も、その社員の配属・評価・給与を通報前と同じ基準で扱う
退職予定・退職したエンジニア在籍中の偽装請負や未払残業。退職時のトラブルがきっかけになることが多い退職後1年以内の元社員も保護対象。退職金の不支給や、損害賠償の請求をちらつかせない
協力会社のフリーランスエンジニア指揮命令の実態、報酬の支払遅延2026年12月から、通報を理由とする契約解除や発注の打ち切りが禁止される
常駐先の違反を通報するエンジニア客先でのハラスメントや客先の法令違反客先から「その人を外してほしい」と言われても、安易に交代させない

4.通報されたときに最初にやるべきこと

労働局から調査の連絡が来て、それが社員の通報によるものだと分かったときは、次の順序で対応します。

  • 対応窓口を一本化し、弁護士に相談する:調査対応の担当者を決め、社内で情報が広がらないようにします。この段階で弁護士が入ると、調査対応と社内対応を同時に進められます。
  • 違反の有無を調べ、是正する:通報の内容(偽装請負、未払残業など)が事実かどうかを、契約書・勤怠記録・チャットなどで確認します。違反があれば、調査の結論を待たずに是正に着手します。
  • 通報者を探さない・情報を管理する:「誰が言ったのか」を詮索しません。調査対応で知った情報は、担当者以外に共有しないようにします。
  • 通報者と思われる社員の処遇を変えない:配属、評価、給与、案件のアサインを、通報前と同じ基準で扱います。変更が必要な場合は、その理由を記録に残します。
  • 社内・取引先への説明を整える:取引先に影響が出る場合は、是正の内容とあわせて説明します。社内には、通報者を特定させる情報を出さないよう注意します。
  • 再発防止と内部通報体制の整備:是正の内容を定着させ、社内で相談できる窓口を作ります(第7章)。

調査と是正の具体的な進め方は、関連記事「偽装請負で是正指導を受けたらどうなる?SES会社が最初の30日でやるべきこと」で詳しく解説しています。

5.やってはいけない5つのこと

2026年12月以降、会社を危険にさらす対応
・①通報者探し:「誰が労働局に言ったのか」と社員に聞いて回る、チャットやメールを調べて特定しようとする。正当な理由のない通報者探しは禁止され、損害賠償の対象になります。
・②通報者の解雇・懲戒:通報を理由とする解雇・懲戒は無効で、刑事罰の対象です。通報から1年以内であれば、「能力不足」「勤務態度」など別の理由を挙げても、通報が理由だと推定されます。
・③案件外し・待機・減給・契約の打ち切り:懲戒ではない形でも、通報を理由とする不利益な扱いは無効で、損害賠償の対象になります。フリーランスへの発注の打ち切りも同様です。
・④「通報しない」と約束させる:誓約書や退職時の合意書で「行政機関に申告しない」と約束させても、その約束は無効です。かえって通報を妨害した証拠になります。 ・⑤損害賠償や名誉毀損での訴えをちらつかせる:「会社の信用を傷つけた」「秘密保持義務違反だ」と責めることは、通報を萎縮させる行為です。保護要件を満たす公益通報は、それ自体が正当な行為です。

特に注意したいのが②の推定規定です。たとえば、通報から半年後に「勤務態度の問題」で解雇すると、会社は、その解雇が通報とは無関係であることを証明しなければなりません。通報前から問題を記録し、指導を重ねていたといった客観的な証拠がなければ、証明は困難です。

6.誓約書・就業規則・フリーランス契約の見直し

SES会社では、客先の情報を守るために、入社時や配属時に秘密保持の誓約書を取ることが一般的です。しかし、その書き方によっては「通報妨害」と評価されるおそれがあります。施行前に、次の書類を見直してください。

書類見直しのポイント
秘密保持の誓約書・契約書「いかなる第三者にも開示しない」という条項に、公益通報や行政機関への申告を妨げない旨の例外を入れる
退職時の合意書「会社について行政機関等に申告しない」といった条項を入れない
就業規則(懲戒規定)公益通報を理由に懲戒しないことを明記する。秘密保持義務違反を懲戒事由とする規定も、公益通報を除外する
内部通報規程窓口、通報者の保護、通報者探しの禁止、調査と是正の手順を定める
フリーランス・協力会社との契約秘密保持条項の例外と、通報を理由とする契約解除をしないことを確認する
条項例:秘密保持条項に加える一文 前各項の規定は、公益通報者保護法に基づく公益通報その他法令に基づく行政機関への申告を妨げるものではない。

7.「通報される前に社内で解決できる会社」をつくる

エンジニアが労働局に直接通報するのは、多くの場合、「社内に言っても変わらない」「言える場所がない」と感じているからです。社内で相談でき、実際に問題が是正される仕組みがあれば、問題は行政に持ち込まれる前に解決できます。

項目従業員300人超従業員300人以下
内部通報体制の整備義務(窓口の設置、対応する従事者の指定など)努力義務
通報者の解雇・懲戒への刑事罰適用される適用される
通報者探し・通報妨害の禁止適用される適用される

SES会社の多くは従業員300人以下で、内部通報体制の整備は努力義務にとどまります。しかし、刑事罰や通報者探しの禁止は規模に関係なく適用されます。客先に常駐していて本社と接点の少ないエンジニアほど、社内の相談先を持っていません。

  • 社外から使える窓口を設ける:常駐先から、会社に知られずに相談できる電話・メール・フォームを用意します。
  • 弁護士を外部窓口にする:社内の人に言いにくい内容でも、外部の弁護士なら相談しやすくなります。中立性を示すことにもなります。
  • 匿名での相談を受け付け、結果を伝える:相談を受けて何を是正したのかを、相談者に(可能な範囲で)伝えることで、信頼が生まれます。
  • 入社時・配属時に周知する:窓口があること、通報者が守られることを、カスハラの相談窓口とあわせて案内します。

そして何より大切なのは、通報される原因そのもの、つまり偽装請負や未払残業をなくすことです。37号告示に沿った運用ができていれば、通報を恐れる理由はありません。

8.施行までのチェックリスト

☐ 経営者・管理職が、通報者探しの禁止と刑事罰の内容を理解している

☐ 労働局から連絡があった場合の対応窓口と、相談する弁護士が決まっている

☐ 秘密保持の誓約書・契約書に、公益通報を妨げない旨の例外がある

☐ 退職時の合意書に「行政機関に申告しない」といった条項がない

☐ 就業規則で、公益通報を理由とする懲戒をしないことを明記している

☐ フリーランス・協力会社との契約に、通報を理由とする契約解除をしない旨の配慮がある

☐ 常駐中のエンジニアが社外から使える相談窓口を設け、周知している

☐ 偽装請負・未払残業など、通報の原因になる違反の点検をしている

9.よくある質問

Q. 改正公益通報者保護法はいつから施行されますか?

A. 2026年12月1日から施行されます。改正法は2025年6月に公布されました。

Q. 公益通報をした社員を解雇すると、どのような罰則がありますか?

A. 公益通報を理由に解雇・懲戒をした場合、行為者個人には6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人には3,000万円以下の罰金が科されます。解雇・懲戒そのものも無効になります。

Q. 通報から1年が過ぎれば、解雇しても問題ありませんか?

A. いいえ。1年以内であれば通報を理由とするものと「推定」されるというだけで、1年を過ぎても、通報を理由とする解雇・懲戒は無効であり、刑事罰の対象にもなります。

Q. 誰が労働局に通報したのか、社内で調べてもよいですか?

A. 正当な理由なく通報者を特定しようとする行為は禁止されています。違反すると損害賠償の対象になります。会社がすべきなのは、通報者探しではなく、通報された違反の調査と是正です。

Q. 従業員300人以下のSES会社でも対応が必要ですか?

A. 必要です。内部通報体制の整備は300人以下では努力義務ですが、通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰、通報者探しや通報妨害の禁止は、会社の規模に関係なく適用されます。

Q. 協力会社のフリーランスのエンジニアが通報した場合も保護されますか?

A. 保護されます。2026年12月からは、業務委託先のフリーランス(通報前1年以内に委託関係にあった者を含む)も保護の対象になり、通報を理由とする契約解除などの不利益な扱いが禁止されます。

Q. 通報の内容が事実でなかった場合はどうなりますか?

A. 行政機関への通報が保護されるには、違反があると信じる相当の理由があることなどの要件が必要です。ただし、要件を満たすかどうかの判断は難しく、会社が独断で「虚偽の通報だ」として処分するのは非常に危険です。処分を検討する前に、必ず弁護士に相談してください。

中野弁護士の視点(元IT企業経営者として) IT企業を経営していた頃、社員が外部に会社の問題を話したと知ったとき、最初に感じたのは怒りでした。「なぜ先に自分に言ってくれなかったのか」と。しかし冷静になって考えると、その社員が社内で相談できる場所を、私は用意していませんでした。
労働局の調査に立ち会っていて感じるのは、通報する社員の多くが、最初から会社を困らせたかったわけではないということです。
何度か社内で訴えたが変わらなかった、相談する相手がいなかった――その結果として、外に助けを求めています。改正法の刑事罰は確かに重いですが、本当に向き合うべきなのは「なぜ社内で言ってもらえなかったのか」です。社内で声を上げられる会社は、問題が小さいうちに直せる会社であり、エンジニアにも取引先にも信頼される会社です。

まとめ

  • 改正公益通報者保護法は2026年12月1日に施行され、通報を理由とする解雇・懲戒に、個人への拘禁刑・罰金と法人への3,000万円以下の罰金という刑事罰が設けられます。
  • 通報から1年以内の解雇・懲戒は通報を理由とするものと推定され、通報者探しや通報妨害も禁止されます。
  • エンジニアによる労働局への偽装請負・未払残業の通報は、公益通報として保護され得ます。社内に先に相談していなくても保護されます。
  • 協力会社のフリーランスエンジニアも保護対象になり、通報を理由とする契約解除が禁止されます。
  • 通報されたら、犯人探しではなく違反の調査と是正に集中し、誓約書・就業規則・フリーランス契約を施行前に見直しましょう。
  • 300人以下の会社でも、社外から使える相談窓口を設けることが、通報される前に問題を解決する最善の策です。

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当協会の代表理事・中野秀俊は、弁護士・社会保険労務士として、グローウィル国際法律事務所とグローウィル社会保険労務士事務所の代表を務めています。毎年10件以上の労働局調査に立ち会ってきた経験をもとに、通報を受けた後の調査対応・是正から、誓約書や就業規則の見直し、内部通報の外部窓口の運営までサポートします。

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