SESのスキルシート「経歴盛り」はどこから違法?経歴詐称を指示した経営者らに約769万円の賠償を命じた判決と、会社が今すぐやるべきこと

執筆:弁護士・社会保険労務士 中野秀俊(一般社団法人SES事業適正化協会 代表理事)

「経験年数を1〜2年盛るくらいは、どこでもやっている」「研修で触ったから、Javaは経験ありでいい」―SES業界の営業現場では、こうした会話が今も珍しくありません。客先の面談に通さなければ売上が立たない、というプレッシャーの中で、スキルシートの「盛り」は半ば慣行のように扱われてきました。

その慣行に、裁判所がはっきりと線を引きました。未経験の社員に経歴を偽らせて取引先に送り込んでいたSES事業の経営者らに対し、東京高裁は2025年2月、約769万円(遅延損害金を含めると約872万円)の賠償を命じました。一審の東京地裁は、事業の内容そのものを「取引先に対する詐欺行為により利益を得ようとするもの」と評価しています。

この事件は極端な事例です。しかし、「客先面談に通すために経歴を整える」という出発点は、多くのSES会社の営業と同じです。本記事では、この判決の内容を整理したうえで、経歴詐称で会社と経営者が負う責任、どこからが違法な「盛り」なのかの線引き、そして未経験者を適法に案件へ入れる方法と社内ルールの作り方を解説します。

この記事の結論
・未経験の社員に経歴詐称を指示したSES事業の経営者ら2名に対し、東京高裁は約769万円の賠償を命じ、その後確定したと報じられています。経営者が個人として責任を負った点が重要です。
・経歴詐称は、取引先への詐欺、社員への違法な業務命令、経営者個人の不法行為という3方向の責任を生みます。詐欺罪として刑事責任を問われる可能性もあります。
・違法かどうかの分かれ目は、取引先が発注を決める前提となる事実(経験年数・担当工程・言語・資格など)を偽っているかです。表現を分かりやすくする工夫とは区別されます。 ・「業界では当たり前」は言い訳になりません。判決は、指示に従った社員を詐欺の主体ではなく被害者と位置づけ、責任を会社側に負わせました。 ・対策は、スキルシートの作成・承認ルール、営業の評価の仕方、協力会社のエンジニアの確認、そして未経験者を正直に提案できる事業モデルづくりです。

1.判決の概要|何が問題とされたのか

裁判の経過

審級裁判所・判決日結論
一審東京地裁・2024年7月19日経営者ら2名に総額550万円を超える賠償を命じた
控訴審東京高裁・2025年2月6日経営者側の控訴を退け、元社員側の主張を一部認めて約769万円(遅延損害金を含めて約872万円)に増額
上告審最高裁経営者側の上告を退け、高裁判決が確定したと報じられている

訴えたのは、SES事業を営む会社で働いていた20〜30代の元社員3名です。訴えられたのは会社ではなく、複数のSES会社を立ち上げて事業を運営していた経営者ら個人2名でした。

認定された事実

報道や判例評釈によれば、裁判所が認定した事実の流れは次のとおりです。

段階内容
募集「未経験からSEになれる」といった未経験者向けの好条件の求人で応募者を集めた
スクール内定後、会社が運営する「スクール」の受講を勧め、数十万円を支払わせた。実際の授業は、経歴を偽るための書類作成や面接の練習だった
経歴詐称の指示年齢や経験を偽ったスキルシートを作らせ、「この業界では当たり前だ」として経歴を偽るよう指示した
客先への派遣元社員らは偽った経歴で取引先の面談に合格し、業務に就いた
退職能力に見合わない業務で叱責を受けるなどし、1〜2か月ほどで退職を余儀なくされた
その他取引先からは1人あたり60万円を受け取りながら、本人には30万円しか支払わなかった。社会保険は最初の1か月だけ加入させ、その後は保険料相当額を給与から天引きしながら納付しなかった。給与の支払いを遅らせ、残業代も支払わなかった

判決のポイント

ポイント裁判所の判断
事業そのものの評価一審は、事業の内容を「取引先に対する詐欺行為により利益を得ようとするもの」と評価した
経歴詐称の指示取引先への詐欺行為またはその準備行為を命じるもので、違法な業務命令に当たるとされた
指示に従った社員の立場社員は前職を辞めて雇われており、指示に従わざるを得なかったとして、詐欺の主体ではないとされた
経営者個人の責任経営者ら2名の不法行為責任が認められた。「自分は代表取締役ではない」という一方の経営者の主張も退けられた
増額の理由控訴審は、短期間での退職を余儀なくされたことで再就職までに時間がかかったとして、その間の収入の喪失(逸失利益)も損害に含めた
注意:「うちはここまでひどくない」で終わらせないでください この事件は、求人・スクール・給与・社会保険のすべてに問題がある極端な事例です。しかし、判決が違法と評価した中心は「取引先が発注を決める前提となる経歴を偽らせたこと」です。経験年数を少し上乗せする、研修でしか触れていない言語を「経験あり」と書く、といった「盛り」も、この中心部分と同じ構造を持っています。規模や悪質さが違っても、法的な評価の出発点は変わりません。

2.経歴詐称で会社と経営者が負う3方向の責任

スキルシートの詐称が発覚すると、SES会社は次の3方向から責任を問われる可能性があります。

相手問われる責任具体的な内容
取引先(上位会社・エンドユーザー)民事責任・刑事責任詐欺による契約の取消し、損害賠償(支払済みの代金、代替要員の手配費用、プロジェクトの遅延損害など)、契約の解除と取引停止。悪質な場合は詐欺罪(刑法246条)に問われる可能性もある
エンジニア(自社の社員)民事責任違法な業務命令による精神的苦痛、能力に見合わない現場での叱責、早期退職による収入の喪失などの損害賠償。社員は違法な業務命令に従う義務を負わない
経営者個人民事責任(場合により刑事責任)指示や黙認をした経営者は、会社とは別に個人として不法行為責任を負う。取締役であれば、職務上の重大な過失による第三者への責任(会社法429条)が問題になることもある

このほか、事実と異なる好条件の求人で人を集めれば、職業安定法の求人情報の表示のルールに反するおそれがあります。社会保険料を天引きしながら納付しないことは、それ自体が重大な違法行為です。経歴詐称は、多くの場合、こうした別の違法行為とセットで起きています。

もう一つ見落とせないのが、取引全体への影響です。一人の詐称が発覚すると、取引先は「他のエンジニアの経歴も信用できない」と考えます。その会社から来ている全員の経歴の再確認、単価の見直し、取引の打ち切りへと広がり、一件の「盛り」が会社全体の売上を失わせることになりかねません。

3.「盛り」と「表現の工夫」の線引き

スキルシートの記載が違法かどうかの分かれ目は、取引先が発注するかどうかを決める前提となる事実を偽っているかです。経験年数、担当した工程、使った言語やツール、役割、資格、年齢などは、取引先が人選と単価を決める前提です。これらを事実と異なる内容にすることは、取引先を誤信させる行為になります。

区分例考え方
OK(表現の工夫)実際の経験を分かりやすく整理する/担当した業務の成果を具体的に書く/研修や個人開発の経験を「研修」「個人開発」と明記して記載する事実を正確に伝えたうえで、伝わりやすくする工夫
グレー(要注意)参画期間を切り上げて書く(例:10か月を「約1年」)/補助的に関わった工程を「担当」と書く/少し触れただけの技術を経験技術として並べる取引先の受け止め方によっては誤信を招く。具体的な期間や役割を書き添えて、誤解の余地をなくす
NG(詐称)経験年数や年齢を偽る/未経験の言語・工程を経験ありと書く/架空のプロジェクトを書く/他人の経歴を使う/面接で口裏を合わせる/持っていない資格を書く取引先が判断の前提とする事実の偽り。詐欺と評価されるおそれがある

迷ったときは、「この記載の根拠を、取引先に聞かれたときに説明できるか」で判断してください。説明できない記載は、書くべきではありません。

注意:「業界の慣行」は免罪符になりません
この事件で経営者らは、社員に「この業界では当たり前だ」と言って経歴詐称を指示したと報じられています。仮に業界で広く行われていたとしても、取引先をだます行為が適法になることはありません。むしろ、慣行だと説明して社員に指示したことは、会社ぐるみの組織的な行為であることを示す事情として、責任を重くする方向に働きます。

4.協力会社から「盛った」エンジニアが来たら|受け入れ側のリスク

多重下請けの中間にいるSES会社は、自社が詐称する側ではなくても、協力会社から経歴を偽ったエンジニアを受け入れてしまうことがあります。この場合も、上位の取引先に対して経歴を伝えて提案したのが自社であれば、取引先に対する責任は自社が負うのが原則です。協力会社への責任追及は、その後の話になります。

対策内容
契約での手当て協力会社との基本契約に、提示するスキルシートの内容が事実であることの表明保証と、違反した場合の交代・損害の補償の条項を入れる
会社としての確認経歴の裏付け(過去の案件の概要、資格の証明など)を会社として確認する。ただし、個人を面談で選考する運用は37号告示の問題が生じるため避ける
発覚時の対応上位の取引先に速やかに報告し、交代や単価の調整を協議する。協力会社には契約にもとづき交代と損害の補償を求める
取引先の選別詐称が発覚した協力会社とは取引の継続を見直す。経歴の確認に協力的な協力会社を優先する

5.37号告示との関係|「面談で選ばれる仕組み」が盛りを生む

経歴の「盛り」が生まれる背景には、スキルシートと客先面談で、取引先が個々のエンジニアを選ぶという業界の仕組みがあります。37号告示は、エンジニアの配置を受託者(SES会社)が自ら決めることを求めており、厚生労働省の疑義応答集も、個人を特定できるスキルシートで発注者が個々の労働者を指名したり拒否したりできる場合は、配置への関与として適正な請負とは認められないとしています。

つまり、「取引先に選んでもらうために経歴を盛る」という構造は、経歴詐称の問題と、偽装請負の問題を同時に抱えています。スキルシートの運用を見直すことは、両方のリスクを下げることにつながります(詳しくは「37号告示とは?SES事業者のための完全解説」をご覧ください)。

6.未経験者を適法に案件へ入れる方法

「経歴を盛らなければ、未経験者を案件に入れられない」という悩みはもっともです。しかし、未経験者の育成をビジネスにしているSES会社でも、適法に案件へ入れる方法はあります。

方法内容
経験年数ではなく、研修の内容と成果物で示す研修のカリキュラム、作成したアプリやコード、取得した資格を、研修であることを明記してスキルシートに書く
未経験・若手として正直に提案し、単価と役割を合わせる「研修修了・実務未経験」として、単価とポジションを実力に合わせて提案する。テスト・運用・保守など、未経験者を受け入れやすい業務から始める
チームで参画する経験者と組み合わせてチームで受託し、自社の責任者のもとで育成する。ただし、指示は自社の責任者が行い、客先が直接指示しない体制を守る
未経験者を受け入れる取引先を開拓する育成に理解のある取引先との関係を築く。正直な提案を続けることが、長期的には取引先からの信頼につながる
受講料を払わせるモデルは避ける採用した社員に自社スクールの受講料を負担させるモデルは、判決でも問題とされた。研修費用は会社の投資として扱い、返還の約束をする場合も法的な限界に注意する

7.スキルシートの社内ルールの作り方

経歴詐称を防ぐには、営業担当者の良識に任せるのではなく、会社としてのルールと仕組みにすることが欠かせません。

  • 作成は本人、確認は責任者:スキルシートは本人が事実にもとづいて作成し、自社の責任者が内容を確認します。営業担当者が本人に無断で書き換えることを禁止します。
  • 提出前に本人が最終確認:取引先に提出する版を本人が確認し、内容に相違がないことを記録に残します(確認日と確認者を残すだけでも効果があります)。
  • 根拠の保存:経験年数や資格の裏付けとなる資料(過去の案件の契約期間、資格の証明書など)を社内に保存します。
  • 就業規則・営業規程に明記:経歴の偽りや、その指示・黙認を禁止し、懲戒の対象になることを定めます。
  • 営業の評価の見直し:成約数だけで営業担当者を評価すると、盛りの誘惑が強まります。継続率や取引先からの評価も評価項目に入れます。
  • 定期的な研修と点検:営業担当者に線引きの考え方を研修し、提出済みのスキルシートを抜き取りで点検します。

8.詐称が発覚したときの初動

取引先から経歴の偽りを指摘された、あるいは社内で詐称が発覚した場合は、次の順で対応します。最も避けるべきなのは、事実を隠したり、本人に責任を押しつけたりすることです。

順序やることポイント
①事実確認誰が、いつ、どの記載を、誰の指示で偽ったのかを確認する本人だけでなく、営業担当者や責任者からも聞き取る。提出したスキルシートの版を保全する
②取引先への説明事実を報告し、謝罪する。交代、単価の調整、契約の見直しを協議する説明を遅らせるほど信頼を失う。弁護士と相談のうえ、説明の範囲と言い方を決める
③エンジニアへの対応会社の指示で詐称させていた場合は、本人を守る立場で対応する本人に責任を押しつけると、判決のように会社と経営者が損害賠償を請求されるおそれがある
④他の案件の点検同じ営業担当者や同じ時期の提案に、同様の問題がないかを確認する取引先から全員の確認を求められる前に、自ら点検しておく
⑤再発防止第7章の社内ルールを整え、取引先に説明する再発防止策を示せるかどうかが、取引の継続を左右する

9.スキルシート運用チェックリスト

☐ スキルシートの作成・確認・提出のルールが文書になっている

☐ 営業担当者が本人に無断でスキルシートを書き換えることを禁止している

☐ 提出前に本人が内容を確認し、その記録が残っている

☐ 経験年数・資格などの裏付け資料を社内に保存している

☐ 研修や個人開発の経験は「研修」「個人開発」と明記している

☐ 就業規則・営業規程で、経歴の偽りとその指示・黙認を禁止している

☐ 営業担当者の評価が成約数だけになっていない

☐ 協力会社との契約に、スキルシートの表明保証と交代・補償の条項がある

☐ 個人を面談で選考する運用(37号告示の問題)を見直している

☐ 未経験者を正直に提案できる取引先と提案の型を持っている

中野弁護士の視点(元IT企業経営者として) IT企業を経営していた頃、営業から「この案件は経験3年以上が条件です。彼は2年半なんですが、3年で出していいですか」と相談されたことがあります。売上が欲しい月ほど、こうした小さな上乗せに目をつぶりたくなる気持ちは、経営者として痛いほど分かります。 しかし、一度の「盛り」で得た案件は、現場でのつまずきと取引先の不信という形で、必ず高くつきます。今回の判決が示したのは、そのツケを払うのが会社だけでなく、経営者個人だということです。逆に、未経験者を正直に提案し、育成の計画まで示せる会社は、取引先から「安心して任せられる会社」として選ばれます。スキルシートを整えることは、守りの法務であると同時に、取引先とエンジニアの両方から信頼される会社になるための投資です。

まとめ

  • 未経験の社員に経歴詐称を指示したSES事業の経営者ら2名に対し、東京高裁は2025年2月に約769万円の賠償を命じ、その後確定したと報じられています。
  • 裁判所は、経歴詐称の指示を取引先への詐欺に当たる違法な業務命令と評価し、指示に従った社員ではなく、経営者らの責任を認めました。
  • 経歴詐称は、取引先・エンジニア・経営者個人の3方向に責任を生み、一件の発覚が取引全体を失わせるおそれがあります。
  • 違法かどうかの分かれ目は、取引先が判断の前提とする事実を偽っているかです。根拠を説明できない記載はしないことが原則です。
  • スキルシートの作成・確認のルール、営業の評価、協力会社との契約、未経験者を正直に提案できる事業モデルを整えましょう。

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当協会の代表理事・中野秀俊は、弁護士・社会保険労務士として、グローウィル国際法律事務所とグローウィル社会保険労務士事務所の代表を務めています。50社を超えるSES事業者の適正化を支援してきた経験をもとに、経歴詐称が発覚したときの取引先対応から、スキルシートの社内ルール、協力会社との契約、就業規則の整備までサポートします。