厚生労働省はアジャイル型開発における派遣・請負の要件を明確化し、「労働者派遣事業と請負との区分に関する基準の疑義応答集(第3集)」として発出されました。
疑義応答集は、派遣・請負の判断を行うための要件についてQ&A方式で記されたもので、第2集まで発出されていましたが、今回の第3集は8年ぶりの新作となります。
第2集までは、請負の中でも建築や工場勤務などを想定としたものが主な内容でしたが、今回の第3集では、「アジャイル型開発」についてピンポイントで指摘されたものとなります。
これはまさに「SES」を名指ししたと言っても過言ではないでしょう。
この新たな行政の指針について、解説をしていきます!
「偽装請負」とは何だったか
偽装請負とは、書類上、形式的には請負(委託)契約ですが、実態としては労働者派遣であるものを言い、違法となります。
そのため、厚生労働省によりこの判断を明確に行うことができるように「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(昭和61年労働省告示第37号)が定められています。(通称:37号告示)
37号告示は、請負の名を借りた労働者派遣(偽装請負)を取り締まるための基準とされています。
SESは業務委託契約に基づき行われることが多いことから、SES事業者は、37号告示の基準に違反しないように契約の締結や業務の遂行を行わなければなりません。
「アジャイル型開発」の定義
厚労省は、今回の疑義応答集において「アジャイル型開発」を以下のように定義しました。
一般に、開発要件の全体を固めることなく開発に着手し、市場の評価や環境変化を反映して開発途中でも要件の追加や変更を可能とするシステム開発の手法であり、短期間で開発とリリースを繰り返しながら機能を追加してシステムを作り上げていくもので、発注者側の開発責任者(プロダクトオーナー等。以下同じ。)と発注者側及び受注者側の開発担当者(再委託先の開発担当者を含みます。以下同じ。 ) が対等な関係の下でそれぞれの役割・専門性に基づき協働し、情報の共有や助言・提案等を行いながら個々の開発担当者が開発手法や一定の期間内における開発の順序等について自律的に判断し、開発業務を進めることを特徴とするもの
開発類型には「ウォーターフォール型」や「スパイラル型」などもあるが、あえて「アジャイル型」をピンポイントで対象としている内容に、「SES」を取り締まりたいという思惑が見て取れます。
疑義応答内容の要約と解説
新しい第3集では、7つQ&Aの形式で行政の考えが述べられています。
Q&A形式であることもあり、行政が出す他の文書に比べればまだ読みやすいものではありますが、とは言えパッと見だとよくわからない内容かと思いますので、内容と解説をざっくりとできるだけ簡潔にまとめます。
Q1 アジャイル型開発による受託は偽装請負の「請負」に含まれるのか
A1 含まれる。
Q1により行政側が言いたいこと
このQAを通じて行政側が何を言いたいのかというと、
- 37号告示における「請負」の定義には、「準委任」も含まれる
- 従って、アジャイル型開発のようなシステム開発(準委任契約)の場合でも、37号告示違反があれば、偽装請負として行政指導等をしていく
ということです。
Q2 アジャイル型開発のような進め方は偽装請負となるか
アジャイル型開発は、「密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案をしながら進めるシステム開発」であるが、このような進め方は偽装請負となるのか
A2 「アジャイル型開発だから偽装請負」ということはないが、37号告示に違反するものであれば、偽装請負と判断する
Q2により行政側が言いたいこと
このQAを通じて行政側が何を言いたいのかというと、
- 発注者と受注者が対等な関係の下で協働し、
- その他37号告示違反がなければ
- 「密に連携し、随時、情報の共有や、システム開発に関する技術的な助言・提案をしながら進めるシステム開発」であっても、偽装請負と判断しない
ということです。
反対に言えば、対等な関係が築けていなかったり、37号告示に違反する場合には、偽装請負と判断するということになります。
このような違反事由が生じさせないためには、
- 発注者側と受注者側の開発関係者のそれぞれの役割や権限、開発チーム内における業務の進め方等を予め明確にし、発注者と受注者の間で合意しておくこと
- 発注者側の開発責任者や双方の開発担当者に対して、アジャイル型開発に関する事前研修等を行い、開発担当者が自律的に開発業務を進めるものであるというようなアジャイル型開発の特徴についての認識を共有しておくようにすること
などが望ましいとしています。
Q3 受注者側の管理責任者が会議や打ち合わせに同席しないことがあるが、偽装請負となるか。また、管理責任者を選任していれば偽装請負と判断されることはないか。
A3 同席していないという理由だけで偽装請負と判断されることはない。また、管理責任者を選任しただけでは偽装請負を回避したことにはならない
Q3により行政側が言いたいこと
このQAを通じて行政側が何を言いたいことは、
- 会議等に同席してないだけの理由で偽装請負となることはないが、
- 仕事の割り付け、順序、緩急の調整等に関して指示を行う必要がある場合には、発注者は受注者の管理責任者等を通じて行う必要があり、
- 直接受注者側の開発担当者に当該指揮命令を行ってしまうと、たとえ受注者において管理責任者を選任していたとしても、偽装請負と判断されることになる
ということです。
Q4 発注者が、受注者側の開発担当者に直接、プロダクトバックログの詳細の説明や、開発担当者の開発業務を円滑に進めるための情報提供を行うことは偽装請負となるか
アジャイル型開発では、プロダクトバックログの内容や優先順位の決定、開発手法やスプリント内における順序等を受注者側開発担当者が判断し進行することが一般的だが、その際、発注者側の開発責任者から、受注者側の開発担当者に対し、直接、プロダクトバックログの詳細の説明や、開発担当者の開発業務を円滑に進めるための情報提供を行うと偽装請負となるのか
A4 受注者側担当者に直接、詳細説明や情報共有が、実態として指揮命令や労務管理にあたるものでなければ、これらがあったという理由だけで偽装請負と判断されることはない
Q4により行政側が言いたいこと
このQAを通じて行政側が何を言いたいことは、
- 発注者と受注者が対等な関係の下で協働しているのであれば、発注者が受注者側担当者に直接、詳細説明や情報共有したという理由だけで偽装請負と判断されることはない。
- ただし、当該詳細説明や情報共有の内容が、指揮命令や労務管理など37号告示に違反すると言えるような内容の場合には偽装請負と判断することもある
ということです。
Q5 アジャイル型開発の開発チーム内での技術的な議論や助言・提案は、偽装請負となるか
A5 当該議論や助言・提案が、実態として指揮命令や労務管理にあたるものでなければ、これらがあったという理由だけで偽装請負と判断されるものではない
Q5により行政側が言いたいこと
行政側が言いたいこと
このQAを通じて行政側が何を言いたいことは、
- 発注者と受注者が対等な関係の下で協働しているのであれば、チーム内での技術的な議論や助言・提案があったという理由だけで偽装請負と判断されることはない。
- ただし、当該議論や助言・提案の内容が、指揮命令や労務管理など37号告示に違反すると言えるような内容の場合には偽装請負と判断することもある
ということです。
Q6 連絡・業務管理のための電子メールやチャットツール、プロジェクト管理ツール等の利用において、発注者側及び受注者側の双方の関係者全員が参加した場合、偽装請負となるか
A6 これらのツールを通じて、指揮命令や労務管理など37号告示に違反すると言えるようなことが行われていない限り、開発関係者全員が参加する連絡ツール等を使っていたという理由だけで偽装請負と判断されるものではない
Q6により行政側が言いたいこと
このQAを通じて行政側が何を言いたいことは、
- 発注者と受注者が対等な関係の下で協働しているのであれば、双方の関係者全員が参加した連絡ツール等で連絡をしているという理由だけで偽装請負と判断されることはない。
- ただし、当該ツールによるやり取りの内容が、指揮命令や労務管理など37号告示に違反すると言えるような内容の場合には偽装請負と判断することもある
ということです。
このような違反事由が生じさせないためには、
- 受注者側の開発担当者に対し、業務の遂行方法や労働時間等に関する指示を行うことが必要になった場合には、受注者側が管理責任者を選任する
などの体制確立が望ましいとしています。
Q7 開発担当者の技術・技能レベルや経験年数等を記載した「スキルシート」の提出を求めたいが、これに何か問題はあるか
アジャイル型開発という性質上、発注者から受注者に対し、開発担当者の技術・技能レベルや経験年数等を記載した「スキルシート」の提出を求めたいが、これに何か問題はあるのか
A7 個人を特定できるものではなく、発注者がそれによって個々の労働者を指名したり特定の者の就業を拒否したりできるものでなければ、直ちに偽装請負と判断するものではない
Q7により行政側が言いたいこと
このQAを通じて行政側が何を言いたいことは、
当該「スキルシート」が、
- 個人を特定できるものではなく、
- 発注者がそれによって個々の労働者を指名したり特定の者の就業を拒否したりできるものでない
のであれば、「スキルシート」を提出させたという理由だけで偽装請負と判断されることはない。
ただし、37号告示では、受注者の労働者の配置等の決定及び変更については受注者自らが行うことを求めていますので、上記に反するような場合には、偽装請負と判断することもあるとしています。
まとめ
いずれのQAにおいても、結局のところは、
-
- 発注者と受注者が対等な関係の下での協働を維持しろ
- その上で、37号告示を守れ
といったところです。
アジャイル型開発だからと言って特別に認められるような事項はないない一方、このようにアジャイル型開発を名指ししたということは、やはり、SES業界を注視している=厳しく取り締まるという行政側の意思表示と言えるでしょう。
SES事業者においては、特別の対応の必要性まではありませんが、今までどおり37号告示を中心とした適正な運用を心掛けるように注意しましょう。